ノリコ=ポーロの西方見聞録

勉強できない、英語しゃべれない、でも広い世界へ飛び出したい!との思いから、添乗員となり世界中アチコチ飛び回り、様々な人たちとの出会いや交流、旅のドタバタ劇などをご紹介していきます。このブログは、星野管工(株)発行のホシカン通信に掲載しているコラムのバックナンバーです。

Vol.57 欧州海外旅行は禁煙必死

日本ではゴールデンウィークがある5月に海外旅行に出かける方も多いと思いますが、この時期(5~7月)にお勧めなのが冬が長く、夏が短い北欧のツアーです。

 

近年では、イスラム過激主義者のテロ事件等が発生している為、ヨーロッパ方面の旅行をあきらめる方も多いようですが、比較的治安の良い北欧に人気が出てきているようです。

 

北欧と言えばフィンランドノルウェースウェーデンデンマークの4か国を飛行機、船で周遊するのが一般的です。

 

フィンランドの首都ヘルシンキまでは、人気のフィンランド航空で成田、中部、関西空港から直行便があり、最短9時間30分で到着できます。デザインの街、ヘルシンキにはインテリア、雑貨、アパレルショップが多く建ち並び、マリメッコ等、モダンで洗練された、お洒落なデザインのお店であふれています。

 

ノルウェーでは雄大な自然、世界遺産に登録されたネーロイフィヨルドを含む、全長204km、水深1308mというヨーロッパ本土最長・最深のソグネフィヨルドや、首都ベルゲンのブリッゲン地区の木造家屋で手工芸品のお土産を探すのも楽しみの一つですね。

 

スウェーデンの首都ストックホルムの町並みは、北のベニスと言われる異名を持つ美しい街並みが魅力的です。毎年12月のノーベル賞受賞者の公式晩餐会が行われるストックホルム市庁舎や郊外の森に囲まれたバロック様式の宮殿、ドロットニングホルム宮殿も訪れます。

 

そしてデンマークコペンハーゲンでは17世紀に新しく作られた港ニューハウン。

 

新しい港という意味のニューハウンはその名の通りコペンハーゲンの港町になっています。観光ガイドやハガキなど、コペンハーゲンの写真といえばこのニューハウンの景色が使われるくらい象徴的な街並みが広がっています。木造のカラフルで北欧デザインの家が立ち並んでいる風景は、まるで絵本の中の世界に入り込んでしまったかのよう!

 

おとぎの国のような素敵な街並みを楽しんでいただけるのがこの北欧旅行です。

 

ただし、愛煙家の皆さんにはお勧めできないのがこの北欧でもあります。日本でも2020年の東京オリンピックに向けてレストラン、ホテルでの禁煙が推奨されているようですが、

 

なんとこの北欧での煙草は、1箱800~1200円という高額。先進国の中で喫煙率が一番低いのもスウェーデンです。空港、ホテル、レストラン等公共の場所での喫煙が禁止されている為、愛煙家の方々には地獄のような旅になってしまいそうです。

 

愛煙家の皆さん、パイポ、禁煙ガムを持参して頑張ってくださいね!

 

Vol.56 花のヨーロッパ

4月と言えば日本では、新学期、新社会人と物事の始まりの時期でもあります。

 

そして、桜が満開の花見の季節ですね。天気予報でも桜の開花予想があり、日本各地の桜の名所を訪れるツアーも人気です。

 

日本人ほど、四季を感じながら自然を愛する民族はいないようですが、ヨーロッパでも人気のコースと言えば、やはりこの時期にお勧めなのが、オランダ、ベルギー辺りでしょうか。

 

オランダと言えば皆さんは、何を思いつくでしょうか?

 

最近では、オリンピックのスピードスケートで、金メダルを取った小平奈緒さんの留学先。

 

かつては、江戸時代にヨーロッパの国の中で唯一貿易国だったのも、オランダです。かの有名なシーボルト

 

風車と、チューリップが咲いた穏やかな国等々。

 

そのチューリップ🌷が有名なキューケンホフ公園を訪れるツアーが、人気です。

ヨーロッパは、地続きですから、オランダからベルギーを経由してフランスのパリまでいく、10日間くらいのツアーが、お勧めです!

 

しかーし。私達ツアコンにとっては、かなり大変なコースでした。かく言う私も一度だけ行きましたが、行った事もない場所の案内をほぼ1人でしなくてはならず、本当に泣きたい気分でした。

 

オランダ人のバスのドライバーさんと、一緒ですが、アムステルダム、ベルギーのブリュッセル辺りの大都市しか現地ガイドさんがつかない為、後はほぼ1人で!行った事も無い街を歩いて散策するんですから!(涙)

 

でも、成田からそのツアーに行く飛行機の機内で、ご一緒した他者のベテランのツアコンのお姉様が、とっても親切で私がツアー初なのを知り、ベルギーの水の都ブルージュのホテルが、一緒だった為なんと、前日の夜に私にレクチャーしながら、街を案内してくれたのです!

 

今でも覚えています。確か、Kツーリストの方だったと思います。翌日、私はお客様をしっかりと案内する事が出来ました。

 

本当にありがとうございました。

 

そして、無事にオランダ🇳🇱〜ベルギー🇧🇪のバス旅を終えてから、いよいよフランスのパリ🇫🇷に着いた時には、本当にホッとしました。

 

パリに来れば、もう安心です。

 

何しろ、日本人のガイドさんが、観光案内をしてくれますから!

Vol.55 卒業旅行

具体的な学生さんたちのツアー内容をご紹介したいと思います。

 

N本旅行ではヤングツアーという呼称でパンフレット販売していました。学生さんたちは自分でアルバイトをして一生懸命お金を貯めて申し込む方が多いので、旅行会社も出来るだけ料金設定を安くします。

 

一般のツアーと比べてどこで料金を安くするかと言うと。やはり、①ホテルが遠くなる②ツアー中の食事がほとんど含まれていない③ヨーロッパ都市間の移動も飛行機ではなく、寝台列車やバス等々です。

 

私が担当したのは「ロンドン・パリ・ローマ15日間」のツアーでしたが、当然若い学生さんたちは、海外旅行も初めての方が多くて、それこそ全て添乗員である私たちに期待する部分も多かったと思います。

 

食事もお勧めのレストランに行きたい人を募って、みんなで地下鉄に乗って、食べに行ったり、オプショナルツアーもあるのですが、蚤の市、美術館、ショッピングなどのコースを考えては学生さん達と観光に出かけました。

 

毎日元気に過ごしているか、犯罪に巻き込まれていないか確認するために、毎日朝、夕方1~2時間はホテルのロビーに座り、みんなの安否を確認していました。

 

今でも覚えていますが、ツアー最終都市のパリで一人の学生さんが体調を崩してしまい、海外旅行傷害保険会社に連絡して、現地のドクターにホテルまで往診に来てもらいましたが、なんと薬は自分で処方箋を持参して、買いに行くようにと言われてしまい、もう時刻は夜の19時過ぎ、更に日曜日だった為、なんとパリの中心部まで行かないとホテル周辺には空いている薬局は無い!と・・・

 

「えー!薬ぐらい持ってきてよー!(泣)」と心の中で叫びましたが、仕方ない。。。

 

私が一人で地下鉄に乗って行くしかない!と覚悟を決めた時に病気の学生さんの友人の男子学生さんが「僕も一緒に行きますよ!」と言ってくれて、本当に心強かったです。(涙)

二人なら、夜の地下鉄も大丈夫!と往復1時間かけてパリ市内の薬局まで薬を買いに行きました。その時に観たパリの中心部、かの有名なシャンゼリゼ通りの夜のイルミネーションがキラキラしてとても綺麗だったことを今でも憶えています。

 

ヤングツアーは、大変な部分もありましたが、学生さんたちとは友達のように親しくなれて、普段のツアーでは体験できないような楽しい経験も出来ました。

Vol.54 楽しい添乗員仲間

毎年2月~3月にかけては、大学・短大の学生さん達の卒業旅行シーズンとなり、私達も余り年齢の変わらないお客様と一緒に楽しみながら旅をしたものです。当時は、まだバブルの名残があり、更にヨーロッパ旅行が一番人気のコースでしたから、私達ツアコンも大忙しでした。中には1か月間かけてヨーロッパを周遊するロングコースもありましたが、私が担当したのは長くても2週間程度13泊15日位のコースでした。

 

忙しいこの季節は15日間行って、帰国して、清算・打ち合わせ・洗濯をして、すぐにまた3日後に別のコースに出る、というのが当たり前でした。

 

ツアコンの仲間たち50人位の1ヵ月間のコース別スケジュール(今どこリスト)を各自渡されて、いつどこに誰がいるのか一目でわかるようになっていました。

 

その当時は携帯電話が無い時代ですから、連絡を取るのはホテルへのFaxだけが唯一の連絡手段でした。

 

その当時、新橋にあったN本旅行の打ち合わせが終わると仲の良い同僚たちで、駅前の居酒屋に繰り出しては、各都市での待ち合わせ日時等を確認したものです。

 

10人位で集まっては、「次のツアーどこ?ロン・パリ・ローマだから、パリでミート出来るよね!」(ミート:肉ではなく英語のMeet:会う事)(笑)「私は、ロンドン・ロマンチックだからロンドンなら会えるよ~!」とか20代の女子達にしては生意気な会話をしていたかもしれないですね。

 

各都市の現地情報をお互いに交換し合って、助け合っていました。現在ではなんでもネットでググれば良い時代ですが、当時はひたすら本を探したり、先輩方のツアーレポート等を参考にして、毎回自分が担当する国のコースを勉強したのでした。

 

みんな酒豪揃いで強者ばかり、大声で飲んで、笑って楽しい時間を過ごしていました。

 

実際のツアーに出ているときは、常に一人で全ての責任を背負っての仕事でしたから、いつも楽しいばかりではなくて、飛行機が欠航する、ホテルがオーバーブッキングで部屋が無い、お客様の病気、ケガ等様々なトラブルに遭った時の対処法、全てがマニュアル通りに行くわけではなかったので、精神的・肉体的なタフさが求められる仕事でした。

 

そういった孤独なツアー中に現地で仲間達に会って、色々な出来事を話したり、愚痴を聞いてもらったりする時間が本当に大事でした。

 

20年以上たった今でもその当時の仲間達(同志)との交流は続いていて、今でも私の大切な宝物となっています。

Vol.52 最後は笑顔に

翌朝は、オーストリアのウィーンから飛行機でスイスのチューリッヒまでの移動日となり、私達は重苦しい雰囲気の中、出発しました。そしてチューリッヒの市内観光を済ませて夕方ホテルにチェックインすると、お客様のスーツケースがホテルに届いていて、本当に一安心しました。

 

あと1日早く届いてくれたら良かったのに~!と心の中で叫びましたが…。(涙)

 

この時の教訓から、海外旅行にお出かけになる際のアドバイスですが、(特に直行便ではなく、何回か空港を乗り継いで行く場合)一泊分の下着の替え(紙パンツでも)、洗面用具、化粧品(特に女性)常備薬等はスーツケースではなく、機内持ち込みの手荷物に入れておく事をお勧めします!ただし、最近は手荷物検査での水分の持ち込み量が厳しくなっているようですので、各国に出発前に確認してください。

 

もちろん、現金、貴重品、パスポートは手荷物です。余談ですが、スーツケースは鍵がかかるから安心!と思いホテルの部屋の中で貴重品を入れていると盗難被害に遭っても誰も保証してくれないので、くれぐれもご注意を!ホテルの中は、必ずSAFTY BOX(金庫)を使用してくださいね!

 

ただし、最近は手荷物検査での水分の持ち込み量が厳しくなっているようですので、各国に出発前に確認してください。

 

さて翌日からは、スイスのインターラーケンからユングフラウヨッホの登山鉄道、ジュネーブ~パリと順調に旅は進んで行き、無事に全員で病気、ケガもなく日本に帰国することが出来ました。

 

初めて海外添乗した8日間のツアーでロスバゲの洗礼を受けた私ですが、ツアー中にお客様とコミュニケーションを取ることが出来て、初めは期限が悪く、笑顔も無かった年配のご夫婦も最後には笑顔で帰っていただけたので、本当に良かった。と一安心しました。

 

これからも、世界中を旅しながら、お客様に満足していただける楽しい旅を演出していけるよう精進していくぞ~!と決意を新たにしたのでした。



Vol.51 初海外添乗 ロスバゲで心折れる

翌日は、ウィーン市内の見所を現地の日本人ガイドさんの案内で観光して、夜は今回のツアー一番の目玉でもある音楽宮殿で、カルテット(四重奏)の生演奏を聴きながらの素敵なディナーが予定されていました。

 

私は、現地の日本人ガイドさんにお客様のスーツケースがいつ届くか!を航空会社に電話連絡して貰い、もう市内観光どころではない気持ちでした。当時は、まだ携帯電話もメールもない時代でしたので、観光の途中で立ち寄るお土産屋さん、またはランチのレストランの休憩時間に電話をするしか方法がありませんでした。

 

そして、どうしても今夜のディナーまでに間に合うようにホテルに届けて欲しい!という事を伝えてはいましたが、はっきりとした時間を教えては貰えませんでした。

 

そして、ついに市内観光からホテルに戻り、フロントに確認してもまだ荷物は届いていなかったのです・・・。

 

ディナーの出発時間まではもう2時間しかありませんでした。

 

まさか、こんなことになってしまうなんて。。。

 

私は、お客様のお部屋に行って、事情を説明して、今回は荷物の到着が間に合わないので、そのままのお洋服でも大丈夫なので、是非ディナーに参加してください!とお伝えしてもお客様は「こんな普段着では参加したくないので、部屋に居ます!」とご立腹されて、「私の持参したワンピースで良かったら着てください。」と色々と説得を試みたのですが、もうお客様は、頑として受け入れてもらえず・・・

 

仕方なく、出発時間になったので、一度グループのお客様を宮殿レストランにバスでご案内してから、あとはガイドさんにお任せして、私は一人地下鉄に乗り、ホテルにとんぼ返りしたのでした。初めてのウィーンの街。

 

地下鉄の切符売り場もわからず、列車に飛び乗り、無賃乗車でホテルに帰りました。

 

その後もお客様の夕食をホテルのルームサービスで頼んで、お部屋に行きましたが、新人だった私は上手く事情を説明することが出来なくて、夜の21時頃まで2時間近くお説教されていました。

 

そして、ロビーでぐったりしている私にたまたま同じホテルに宿泊していた別のツアーの先輩が優しく声をかけてくれて、私を慰めてくれました。

 

「ロスバゲは、よくあることだし、添乗員のあなたの責任ではないのだから、はっきりと航空会社の手配ミスであることをお客様に説明しなくちゃ!まだツアーも始まったばかり!しっかり頑張って!」と励まして頂きましたが、「私はこの仕事には向いていないんだ。

 

もう無理だ~。日本に帰国したら辞めよう。(涙)」とまで考えていました。

つづく・・・



Vol.50 初海外添乗 初ロスバゲ

 成田空港を出発してオーストリアのウィーン国際空港到着まで13時間のロングフライト。飛行機に慣れていないお客様は時差ぼけでボーっとしている方もいるので、添乗員は目をシャキッと開けて、ひたすらお客様のスーツケースを見つけてはターンテーブルから降ろすします。とはいえ団体旅行の場合は、現地のポーターさんが手伝いに来てくれるので安心です。


 この時は、直行便ではなくオランダのアムステルダム乗継便。ウィーン到着後、ターンテーブルの荷物を何度数えてもスーツケースが1つ足らなくて、ついにターンテーブルは停止。私の頭の中も思考が停止、真っ白になりました。


 なんと初添乗にしてスーツケースがまさかのロスバゲ(LostBaggageの略称)になってしまったのです!『なんで~よりによって、なんで、なんで~』と心の中で叫び続けました。


 とにかく空港の荷物紛失係(Lost&Found)の所へ行きウィーンの滞在先のホテルからその先の旅行の日程を全て連絡してロスバゲの手続きを済ませ、税関の外に出てから現地人のアシスタントさんと合流。アシスタントさんに事情を説明して、ホテルにチェックインしました。


 ロスバゲになってしまったのは、60代後半のご夫妻。事情を説明して、取り急ぎ航空会社から貰った洗面セット等を渡して、足りない着替え等は近くのスーパーに買いに行き、できる限り不便のないように工面しました。


 ホテルに着いてお客様に翌日の出発時間等の案内を終え、部屋に入ってから航空会社に荷物の問合せの電話をしたのですが、ドイツ語がわからず埒があかない。よって現地人のアシスタントさんに説明してもらいました。


 ロスバゲの荷物は一つだけ間違えて他の空港に行ってしまったらしく、明日日中にはホテルに届くと思う、と聞いて一安心。お客様に事情を説明してその日は、休んで貰いました。『明日には、必ず荷物が届きますように!』と祈りながら、就寝したのでした。