スイス人ってうらやましい
翌朝、親切なスイスのご家族、陽気なブラジルの皆さんとお別れして、元気に旅立ちました。
ところで、皆さんはスイスではどんな言葉が話されているかご存知でしょうか?
スイス語?ってないですよね・・・。
なんとスイスには母国語は無く、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語(一部の山間部)という四つの言語がドイツ、フランス、イタリアに近い地域で話されているのです!
ですから、TV番組も多種多様。更にスイス人は、英語も含めた三~四か国語を当たり前のように話せるのです。とはいえ、スイス訛りがあるようで、母国語の方からすると、ちょっと違うようです。いずれにしても自国語を持たなくても便利でいいな~など羨ましく思いました。
話を旅に戻しまして、スイスと言えば、
アルプスの少女ハイジに出てきた広大な風景ですよね。
ツェルマット、マッターホルン、モンブラン等々、
世界的に有名な山々を背景にのんびりとカウベルを鳴らして草を食む牛、点在する民家。
このおなじみのスイスの景色はどこに行けば見られるのか色々と調べた結果、ベルナー・オーバーランドという場所だと分かり、旅の目的地にしました。
この地は四〇〇〇m級のアルプスとグリンデルワルド、
ラウターブルンネン等の村がある第一級の観光地。
私たちは二つの湖の間にあるインターラーケンという町から、
登山列車を何度か乗り換え、約2時間程で標高三四五四mの山頂、
ユングフラウヨッホ駅に到着しました。
ところが、真夏なのに山頂部には残雪が残り、とにかく寒い!
くしゃみと鼻水が止まらず、景色を楽しむどころではなく、
逃げるように下界に降りました。
夏の気温に戻り、若さのおかげで体調はすっかり治っていました。
ベルナー・オーバーランドへお出かけの際は、
厚めのジャンバーを絶対持参しましょう!
また、富士山よりも標高が高く空気も薄いので、
体調によっては軽い高山病にかかってしまう場合がありますから、
山頂では、走ったり、お酒を飲んだり、煙草を吸うのはやめましょうね!
まさかのブラジリアンナイト
パリからスタートした初めてのヨーロッパ鉄道女二人旅。旅の期間は、約三週間。話を進める前にプランをここでざっとお話します。
行き先は、二人の行きたい場所+語学学校で知り合ったお友達の家に無料で泊めてもらう、というかなり図々しくも強引な基準で、次のような周遊行程となりました。
【フランス】パリ~【スイス】ジュネーヴ~ローザンヌ~ベルン~インターラーケン~【イタリア】ミラノ~フィレンツェ~ピサ~ローマ~~【フランス南部】モンペリエ~【スペイン】北カタルーニャ地方フィゲラス~バルセロナ~バレンシア~マラガ~グラナダ~マドリッド~ドーヴァー海峡~カレー~イギリスのHastingsに帰着。
この旅程の順を追って引き続きお話を続けていきたいと思います。
パリは、華の都と言うだけあって、沢山の美術館、教会、歴史的建造物等で溢れ、どこを観ても、通っても絵になる風景ばかり。カメラのフィルムがいくつあっても足りないぐらいでした。
旅三日目、パリからフランスの誇る新幹線TGVに乗ってスイスへと向かいました。
スイスでは、ジュネーヴ近郊のニューシャテルという小さな町に住むみさこさんのスイス人の男のお友だちの家にお泊りさせてもらうことになっていました。
しかしここでハプニング発生。
私たちが到着するとすでに、二人のブラジル人が彼の家に・・。そうです、まさかのダブルブッキングでした。まだ旅に不慣れだった当時の私は「泊まれないかも・・・」と一瞬フリーズ。
しかし、彼の家族の心もお家もとても広かったので、ブラジル人のお友達共々(もちろん別々の部屋で)お泊りさせて頂く事ができました。
その晩は、ギターを持った陽気なブラジル人二人組のお蔭ですっかりスイスナイトではなく陽気なブラジリアンナイトに。
ワールドワイドな出会いに楽しく夜を明かすことができました。
■
語学学校のクラスメイトは次々と入れ替わり、出会いと別れを繰り返す三ヶ月。気がつけばもう七月、学校の中でも古株生徒となり、夏休みも間近となっていました。
イギリスに来た第一の目的は語学の習得。しかしヨーロッパのいろいろな国々を回り見聞を広げる事も目的の一つ。語学学校で知り合った仲間たちの故郷を訪問しながら二~三週間かけて鉄道で回りたいな~、と思いつつもさすがに一人旅は何かあった時に困るので、まずは旅の仲間探しから始めました。
そして日本人のみさこさんと二人旅に出かける事にしました。
旅行について調べるうちに欧州各国を周遊できるユーレイルパスという特別切符がある事を知り、その切符を妹に日本から郵送してもらいました。
そして、準備も整い”Thomas Cook欧州鉄道時刻表”とその当時バックパッカーの必需品だった”地球の歩き方欧州編”を片手に欧州周遊に旅立ちました。
ヘイスティングスに近い港町のニューヘヴンからドーヴァー海峡をフェリーで二時間、フランスの港町ディエッペまで渡りました。そこから列車に乗る事三時間、花の都パリに無事到着。その日は安いホテルがある学生街のカルチェラタン近隣に宿泊し、翌日に備えて早々に床に就きました。
翌日、一日では絶対に回りきれないルーブル美術館とオルセー美術館をまずは流し見してからエッフェル塔まで行き、有料のエレベーターを避けて上まで1652段の階段を上りました。
それから、”バトームッシュ”というセーヌ川クルーズに搭乗。所要時間1時間15分、料金950円の出費(今はもっと高いと思います)。
できるだけ支出は抑えたかったのですが、セーヌ川はパリの中心を流れている事から、このクルーズではほとんどの観光名所を巡る事ができるので、奮発しました。
おかげで船上から土地勘を掴む事ができたので、パリの街をすっかり満喫する事ができました。
語学学校スタート! vol.6
さて、話を語学学校の生活に戻していきます。
学校初日、簡単なテストを受けて、クラスが決まりました。同期入学の日本人は私と同じ年頃の女の子、30歳くらいの男の人の三人だったのですが、クラスはみんな違うクラスでした。
私のクラスは十人位でスイス人、スペイン人、アラブ人等々みんな比較的若い学生さん達が一~二間の休みを利用して、バカンスを兼ねて勉強に来ている感じでした。
英国まではるばるやって来たのだから日本語を使わずに、英語を習得するために早く海外のお友達を作らなくちゃ!と意気込んでいたので、たどたどしい英語でしたが、なんとか少しずつみんなと馴染んでいきました。
初めにお友達になったのは、インドネシア人のアニスと日本人の琴音ちゃんでした。
日本語をずーっと話さないのはさすがに苦しいので、琴音ちゃんとは日本語で話しましたが、アニスは日本語がわからないので、三人で一緒にいるときは英語で話していました。
初めの頃は、学校主催のパーティーや、日帰りの小旅行(excursion)に参加して仲間たちと交流を深めていきました。
季節の良い暖かい時期には、よく三人で海辺に行って日向ぼっこをしたり、埠頭(pier)や喫茶店に行き海辺の街を楽しんでいました。
中でも思い出深いのはPUBです。本場だけにビールが何種類もおいてあり一杯が1Pint(568ml)の大きいグラスでドーンと出てきて、その迫力にびっくりしたのを覚えています。それ以外にも色んな種類のお酒が沢山置いてあり、PUBに通っおかげで色んなお酒を覚えられました。
学校が終わると家で宿題を済ませ、みんなで行きつけの店に時間を決めて集まっては、楽しい時間を過ごしていました。
PUBの営業時間は23時頃までだったので深酒をしてベロンベロンになる人はいなかったので、飲んだ後はみんな歩いて帰宅していました。
ヘイスティングスの歴史 Vol.5
゜゜。。イタリア語ワンコインレッスンのご案内。。+゜゜
楽しくおしゃべりをするイタリア語レッスンを行っています。
お気軽にお越し下さい♪
日 時 毎週金曜日 11:00 〜 14:00
レッスン料 500円/1時間
場 所 香り屋尚香堂1F
住所 桐生市新宿一丁目2−28
電話 0277−43−2121
※詳しくは尚香堂までお問い合わせください。
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今回は、少しだけ私が滞在したHastingsの歴史をご紹介したいと思います。
人口八万六千人程のイギリス南東部の海辺の町で、小さな可愛らしい店が立ち並ぶ昔の街並みの旧市街や、城跡を残した静かな避暑地です。片田舎かと思いきや、英国人では知らない人がいない位有名な世界史の資料集にも載る程の歴史的事件が起こった場所でもあるのです。
時は中世、欧州はローマ帝国崩壊、ゲルマン人の大移動等、大波乱の群雄割拠時代。
当時の英国内は王座争奪の権力争い真っ只中。その期に乗じてはるか北欧からやってきて仏北西部に定着したバイキングの末裔ノルマン人公ギューム二世(後のウィリアム王)は英国王ハロルド二世の軍と激突。この戦いの場がまさにHastingsでした。
この戦いでギューム二世はハロルド二世を破り、現在の英国、グレートブリテン島全体を手中に収めました。
この時のギューム二世がウィリアム一世となり首都をロンドンと定め、現在の英国王室の開祖となりました。
こうして英国には中世では例外的に、強力な独自の封建制を持つ王権が成立することになりました。その後、ノルマン人はアングロ・サクソン人に同化し、文化の融合も行われました。言語もアングロ・サクソンの言葉を中心にノルマン、フランスそれぞれの要素を融合させ、今日の英語になっていったそうです。英語と仏語に共通の慣用句が多いのは、この理由によるものなんですね。
今でもあまり仲よくない英国と仏国ですが、英国も元はアングロサクソン人に、仏人の血が混じっているわけです。
人類皆兄弟仲良く致しましょう。
1066年 ヘイスティングスの戦い
ヘイスティングス散歩 vol・4
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翌朝、目が覚めると自分がどこにいるのか一瞬分からず、ドキっとしましたが、数秒後にイギリスにいるんだ〜と感慨深い思いにしばしば浸り、元気に起床。
手短に着替えをすませて下の階に降りていきました。
他に家族はいないかな〜?とリビングを覗き込んだらアルプスの少女ハイジのおじいさんに似た体格の良い40代くらいの男性とその人の足下に白くてでっかい老犬がドデーっと寝そべっていました。ハイジのおじいさんのような方はアンナさんの息子さんのジョンさん。
片言の英語を笑顔で補いつつ挨拶を交わし、朝食をすませてから早速、明日から通う事になる学校を下見に一人で出かけていきました。
アンナさんの家は丘の上にありました。
なだらかな下り坂を約20分ほど歩いていくと、駅にたどり着きました。
駅を通り過ぎると、眼下に一面の海が見えてきて、その海を見下ろす坂道の途中にこれから私が通う学校がありました。
どんよりと曇った空、小説の舞台のような暗い海、そしておとぎばなしに出てくるような色とりどりの家並み。異国の風景にしばし見とれながら歩き学校に到着。
学校の目の前には広い芝生の公園が広がっていました。天気よい日なら、外でのランチが楽しめる絶好の場所だな、と思い、ワクワクしました。
学校を確認した後は、周辺のお店等をチェックしたり、海辺をのんびり散歩したりしながら一日を楽しく過ごしました。
海なし県出身の私にとって海辺の町に住む事は夢だったので、勇気を出してイギリスに来て本当によかった・・・としみじみしながら眠りにつきました。(つづく)
イギリス到着! Vol.3
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飛行機に乗るのは二度目でしたが、なにせ初めての一人旅。
怖い気持ちを和ませるように「私が乗った飛行機は絶対に落ちないから大丈夫」と自分に言い聞かせながら、もしもの時の形見になるように遺書代わりの日記を手帳に書きつけていました。
そのうち慣れてきて、映画を観賞したり、食べたり、仮眠したり。約12時間後無事にロンドン・ガトウィック空港に到着しました。
入国手続きをして、荷物も無事に受け取り、迎えの人達が来ているかとドキドキしながら到着ロビーに入っていくと、画用紙に学校と私の名前を書いたプラカードを掲げた初老のご夫妻を見つけて、ほっと一安心。
彼らの車で一路HASTINGSへと向かいました
車窓から見渡す夕暮れの田園風景を楽しみながら約2時間後、ようやくホームステイ先に到着。
私は車を運転してくれたご夫妻が自分のホストファミリーだと思っていましたが、彼らは送迎担当だったようで私を家のホストの方引き渡すと、足早に走り去って行きました・・・。
ホストファミリーはアンナさんという初老の女性。
彼女は私を二階の天井が斜めになった小さなでも小奇麗に片づけられた部屋に案内してくれました。
すでに夜も暮れていたので、早々にシャワーを浴びて部屋で寛ぎつつ荷物をひもといていました。
すると、アンナさんは私に熱々のミルクティーとクッキーを持って来てくれました。心もおなかもホッコリし、その上旅の疲れでくたくただったので、あっという間に眠りに就きました。 (つづく)